紅葉
2025年12月04日
き『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(9)/家元エリ子』
(9)『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(9)/家元エリ子』
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【京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(9)/家元エリ子画像】

京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(9)/家元エリ子画像
https://livedoor.blogimg.jp/hanamae/imgs/1/b/1b651e13.jpg
2025年11月6日下見14日案内京都伏見桃山城の紅葉♪
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ごきげんよろしゅう、
北洞院エリ子花前カレンです♪
このページは<花前のブログ by Hanasaki Karen>改め<京この頃★北洞院エリ子花前カレン>ブログです。
本日の紹介ブログは、『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(9)/家元エリ子』です。
先日より書いています「京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉/家元エリ子」ブログについては、今までに以下
『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(8)/家元エリ子』
『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(7)/家元エリ子』
『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(6)/家元エリ子』
『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(5)/家元エリ子』
『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(4)/家元エリ子』
『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(3)/家元エリ子』
『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(2)/家元エリ子』
『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉/家元エリ子』
のブログを書いて毎日投稿しています。
併せてご覧いただければ幸いです。
画像タイトルは、「写真集~京都伏見桃山城の紅葉/花前カレン今日この頃/京都国際芸術協会」としています。
ファイルサブタイトルは、「2025年11月6日下見14日案内京都伏見桃山城の紅葉♪(c)
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画像サブタイトルは、「2025年11月6日下見して14日お昼過ぎに案内した京都伏見桃山城の紅葉は観光客もほとんどいなくて独り占めサイコー♪(c)
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紅葉については先日より以下のブログを書いています。
『京この頃写真集~京セラ本社(京都伏見)の紅葉(3)/花前カレン』
『京この頃写真集~京セラ本社(京都伏見)の紅葉(2)/花前カレン』
『京この頃写真集~京セラ本社(京都伏見)の紅葉/花前カレン』
そして、過去アーカイブをチェックすると以下のブログ
『ゆく年くる年~京都東山(2)/家元エリ子』
『ゆく年くる年~京都東山/家元エリ子』
を書いて投稿してあります。
併せてご覧くださいませ。
Xツィート(旧Twitter)とfacebook用コメントは、<★昭和の伏見城は屏風絵「洛中洛外図」を参考にして鉄筋コンクリート造りで建設され伏見桃山城キャッスルランドのシンボル施設でした♪>です。
トップのタイトル画像は、2025年令和7年11月14日(金)京都伏見桃山城と紅葉を入れ込んで撮影、そこに伏見城と思われる洛中洛外図屏風絵のトリミングを貼り付け編集したビジュアルワンショットです。
今回は、「伏見桃山城キャッスルランド」の伏見城/伏見桃山城について書きます。
現在の伏見城/伏見桃山城は、伏見丘陵の高台にそびえる伏見のシンボルでもあり、巨大なランドマークともいえる存在です。
今まで書いて来ていますように、このお城は、昭和39年(1964年)に開設された「伏見桃山城キャッスルランド」(平成15年/2003年に閉園)というレジャー施設内にあった模擬天守です。
この模擬天守の建築は、京都市街と郊外の景観や風俗を描いた屏風絵「洛中洛外図」を参考にして、鉄筋コンクリート造りで建設されました。
因みに、「洛中洛外図屏風」とは、都市史17 洛中洛外図屏風 | フィールド・ミュージアム京都
| 京都市によると、<京都の市街と郊外を鳥瞰し、そこに有名寺社や名所と四季のうつろいを追い、上は内裏や公方の御殿から下は町屋や農家の住まいまで、そこに生きるひとびとの生活と風俗を描いた屏風絵である「洛中洛外図屏風」>と解説されています。
鉄筋コンクリート造りの伏見城/伏見桃山城は、豊臣秀吉がはじめに築いた「指月(しげつ)伏見城」、秀吉が築き、徳川家康が再建した「木幡山(こはたやま)伏見城」とは異なった位置に建っています。
日本の城の分類を見てみると、、山城、平山城、平城、そして水城(海城)があります。
■山城: 「やまじろは山に築かれた城そのものを指します。
■平山城: 「ひらやまじろ」は、平野部にある丘陵(きゅうりょう)や低い山を利用して本丸を築き、周囲に外郭を設けた城です。
■平城: 「ひらじろ/ひらじょう」は、平地に建てられた城を指します。
■水城: 「みずしろ」は、海や川、湖に面した城の総称で、堀の代わりに水を利用している城を指す際に用います。
■海城: 「うみじろ」は、海に面して築かれ、海水を堀に引き入れたり、舟を係留する場所があったりする城を指します。
そして、城そのものの分類以外に、天守(天守閣)の存在や状態によっても分類されます。
現存天守、復元天守、復興天守、模擬天守の4種類です。
■現存天守としては、江戸時代までに造られ、現在も残っている天守。全国に12基しかありません。
■復元天守は、昔建っていた場所に、資料に基づいて再建された天守。
■復興天守は、資料が不十分なため、他城を参考にしたり推定を交えたりして再建された天守。
■模擬天守とは、文化財として登録されていない、外観だけを再現した天守。
この分類に照らし合わせると、キャッスルランド閉園時に解体される予定でしたが地元からの強い要望があり、京都市に寄贈され残った現在の伏見城/伏見桃山城は、模擬天守です。
現在この一帯は、京都市が管理する「伏見桃山城運動公園」として多目的グランド、スタジアムが整備されていて、伏見エリアではスポーツが盛んに楽しめるスポットです。
【参考資料】
■<「伏見城」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■<「豊臣秀吉」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■<「徳川家康」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■<「伏見桃山城運動公園」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■<「伏見桃山城キャッスルランド」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■<「慶長伏見地震」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■伏見桃山城(伏見城) | 京都観光情報 KYOTOdesign
■都市史20 伏見城 | フィールド・ミュージアム京都
| 京都市
このブログ記事は、ブログが公開される日とタイムラグがあるかも知れませんので、内容や言い回しに不具合を感じる場合は適宜お読み替え頂いてご容赦くださいませ。・・・つづく
北洞院エリ子花前カレンについて
■AboutUs(1) このブログページは、京都東山のメインストリート、東大路通(通称:東山通ひがしやまどおり)の中心地に本部を置く我が一般社団法人京都国際芸術協会<〒605-0862京都市東山区清水門前松原産寧坂西入清水四丁目182-4
ライオンズマンション2階全室/法人設立当時の旧商号:非営利型一般社団法人京都国際芸術院(法人番号7130005015305/略称:KIAIGIA/キアイジャ/公式ページ/Facebookページ/公式Twitter/代表のTwitter/機関紙『アートの旅2025秋号/花前カレン@京この頃』※ページめくり(アートの旅2025秋号デジタル版ページめくり)/大阪南本部迎賓館)>の出版事業部エイブル出版松本正編集長(まつもとただしへんしゅうちょう)と、代表CEOを務める、家元エリ子こと、北洞院エリ子こと、エリ子花前カレン(チラシ)こと、Ericoこと、北洞院エリ子花前カレン<きたのとういんえりこ・はなさきかれん(公式ブログ、Profile、facebook、Twitter、Instagram、公式HP1、公式HP2/個人塾/浜のフラワーショップ/白原山ファーム/花屋の矜持)/大阪南本部)>が管理者です。
★京都東山清水産寧坂北洞院流華法道家元エリ子花前カレンは京都大覚寺華道いけばな嵯峨御流の華範(※お免状画像はここをクリック)資格保持者です。
エリ子花前カレンが入門した頃の階級は、入門→初伝→奥伝→皆伝→准師範(師範代)→師範→華範という階級です。
ここでいう華範とは、
師範の師範で、正教授の事、英語では「professor
教授・プロフェッサー」と訳します。
エリ子花前カレンの華道いけばなの修業は、入門から始めて免許皆伝から師範を教える階級トップの華範まで続けました。
★京都東山清水産寧坂北洞院流華法道家元エリ子花前カレンは国家資格であるフラワー装飾技能士における1級フラワー装飾技能士合格証書の保持者です。
フラワー装飾技能士とは、国家資格である技能検定制度の一種で、都道府県職業能力開発協会が実施する、フラワー装飾に関する学科および実技試験に合格した者をいいます。
生花をメインに、ブライダルブーケの製作、パーティーや葬儀場などの飾り、フラワーアレンジメントパーティ会場の飾りつけなどフラワー装飾技能を証明する資格で、日本でフラワーデザインに関する唯一の国家資格であり、名称独占資格です。
等級には、1級から3級まであり、それぞれ上級技能者、中級技能者、初級技能者が通常有すべき技能の程度と位置づけられています。
受検資格を得るために必要な実務経験期間が必要で、各等級の期間は以下の通りです。
□3級 - 制限なし(実務経験があればよい)
□2級 - 2年以上(直接受検する場合)あるいは制限なし(3級合格後)
□1級 - 7年以上(直接受検する場合)あるいは4年以上(3級合格後)あるいは2年以上(2級合格後)。
★京都東山清水産寧坂北洞院流華法道家元エリ子花前カレンは民間資格であるフラワーアレンジメントにおける公益社団法人NFDのフラワーデザイナー資格検定試験の講師資格の保持者です。
公益社団法人日本フラワーデザイナー協会(略称:NFD)は、1967年に設立され、1969年に文部省(現:文部科学省)の許可を受け社団法人となりました。
その後、2010年に内閣府よりフラワーデザイナー組織として唯一の公益社団法人として認定されました。
フラワーデザイナー資格検定試験制度については、1967年より、NFDの「花文化の普及」という事業目的に沿って設けられた試験制度です。50年にわたり一律の基準をもって全国で統一した試験を開催し、多くの合格者を輩出した実績が認められ、業界内で技術的な基準として広く認知されています。
フラワーデザイナー資格検定試験は、3級 →
2級 → 1級 → 講師と段階的に定められた試験制度です。
【参照①】『家元エリ子/北洞院エリ子花前カレン』
【参照②】『家元エリ子(2)/北洞院エリ子花前カレン』
【参照③】『家元エリ子(3)/北洞院エリ子花前カレン』
■企画・撮影:北洞院エリ子花前カレン>
□スタッフ:中瀬君代、西村園子
□監修:心龍、家元エリ子@大阪南本部
□テキスト&画像編集:松本正、花前カレン、Erico_
2025年12月03日
き『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(8)/家元エリ子』
(8)『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(8)/家元エリ子』
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【京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(8)/家元エリ子画像】

京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(8)/家元エリ子画像
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2025年11月6日下見14日案内京都伏見桃山城の紅葉♪
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Xツィート(旧Twitter)とfacebook用コメントは、<★緑に紅葉映える昭和の伏見桃山城キャッスルランドの模擬天守伏見城が聳える伏見桃山丘陵一帯は桓武天皇/豊臣秀吉/慶長伏見地震/徳川家康/鳥居元忠/血天井/豊臣秀頼淀君そして明治天皇と乃木将軍と話題が尽きなく、今は伏見桃山城運動公園として京都市民の憩いの場になっています♪>です。
トップのタイトル画像は、2025年令和7年11月6日(木)午後2時ごろ京都伏見桃山城と紅葉を入れ込んで撮影したビジュアルワンショットです。
今回は、「木幡山伏見城」の築城と変遷について書きます。
木幡山伏見城(こはたやまふしみじょう)は、豊臣秀吉が指月伏見城の倒壊後、木幡山に再築した城です。
関ヶ原の戦いでは徳川家康家臣の鳥居元忠が守り落城しましたが、家康が再建し、江戸時代には重要な拠点となりました。
現在は本丸跡が明治天皇伏見桃山陵となっています。
豊臣秀吉が1592年(文禄元年)に指月山に最初の伏見城(指月伏見城)を築城しました。
1596年の慶長伏見地震で指月伏見城が倒壊し、秀吉はすぐ近くの木幡山に再建を命じました…これが木幡山伏見城です。
豊臣秀吉は木幡山伏見城で亡くなりました。
この木幡山伏見城は、秀吉の晩年の居城であり、政治の中心地として機能しました。
秀吉の死後、城は徳川家康の支配下に入ります。
1600年の関ヶ原の戦いの前哨戦である「伏見城の戦い」<「伏見城の戦い」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>で、徳川家康の家臣である鳥居元忠以下1800名が全員命を懸けて11日間城を守り抜き、石田三成軍(4万)の進撃を遅らせます。
大将鳥居元忠<「鳥居元忠」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>は鉄砲頭鈴木孫三郎(鈴木重朝)に討ち取られ、籠城の全員切腹自刃します・・・所謂、伏見城の「血天井」です。
この鳥居元忠の主君に対する忠義は『どうする家康(NHK大河ドラマ、2023年、演:音尾琢真)』で感動的でした。
落城の際の「血天井」が、京都市内のいくつかの寺院に残されています。
詳しくはこちら<「血天井」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>を参照くださいませ。
「木幡山伏見城」は、結果落城・焼失しましたが、徳川家康によって再建されました。
「木幡山伏見城」は、江戸幕府初期において重要な拠点であり、徳川家康が征夷大将軍に任命される将軍宣下式の儀式が行われたお城でもあります。
しかし、慶長20年閏6月13日(1615年8月7日)に江戸幕府が制定した一国一城令(いっこくいちじょうれい)<「一国一城令」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
の法令通り、1619年に廃城が決定され、徹底的に破却されました。
当時の「木幡山伏見城」の本丸跡は、今現在は明治天皇の御陵である「明治天皇伏見桃山陵」となっています。
山頂には模擬天守の「伏見桃山城」がありますが、これは当時の伏見城とは別の場所にある昭和時代の模擬天守です。
思うに、緑に紅葉映える昭和の伏見桃山城キャッスルランドの模擬天守伏見城が聳える伏見桃山丘陵一帯は桓武天皇/豊臣秀吉/慶長伏見地震/徳川家康/鳥居元忠/血天井/豊臣秀頼淀君そして明治天皇と乃木将軍と話題が尽きなく、今は伏見桃山城運動公園として京都市民の憩いの場になっています。
【参考資料】
■<「伏見城」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■<「豊臣秀吉」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■<「徳川家康」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■<「伏見桃山城運動公園」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■<「伏見桃山城キャッスルランド」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■<「慶長伏見地震」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■伏見桃山城(伏見城) | 京都観光情報 KYOTOdesign
■都市史20 伏見城 | フィールド・ミュージアム京都
| 京都市
■<「伏見城の戦い」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■<「鳥居元忠」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■<「血天井」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■<「一国一城令」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
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北洞院エリ子花前カレンについて
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ライオンズマンション2階全室/法人設立当時の旧商号:非営利型一般社団法人京都国際芸術院(法人番号7130005015305/略称:KIAIGIA/キアイジャ/公式ページ/Facebookページ/公式Twitter/代表のTwitter/機関紙『アートの旅2025秋号/花前カレン@京この頃』※ページめくり(アートの旅2025秋号デジタル版ページめくり)/大阪南本部迎賓館)>の出版事業部エイブル出版松本正編集長(まつもとただしへんしゅうちょう)と、代表CEOを務める、家元エリ子こと、北洞院エリ子こと、エリ子花前カレン(チラシ)こと、Ericoこと、北洞院エリ子花前カレン<きたのとういんえりこ・はなさきかれん(公式ブログ、Profile、facebook、Twitter、Instagram、公式HP1、公式HP2/個人塾/浜のフラワーショップ/白原山ファーム/花屋の矜持)/大阪南本部)>が管理者です。
★京都東山清水産寧坂北洞院流華法道家元エリ子花前カレンは京都大覚寺華道いけばな嵯峨御流の華範(※お免状画像はここをクリック)資格保持者です。
エリ子花前カレンが入門した頃の階級は、入門→初伝→奥伝→皆伝→准師範(師範代)→師範→華範という階級です。
ここでいう華範とは、
師範の師範で、正教授の事、英語では「professor
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エリ子花前カレンの華道いけばなの修業は、入門から始めて免許皆伝から師範を教える階級トップの華範まで続けました。
★京都東山清水産寧坂北洞院流華法道家元エリ子花前カレンは国家資格であるフラワー装飾技能士における1級フラワー装飾技能士合格証書の保持者です。
フラワー装飾技能士とは、国家資格である技能検定制度の一種で、都道府県職業能力開発協会が実施する、フラワー装飾に関する学科および実技試験に合格した者をいいます。
生花をメインに、ブライダルブーケの製作、パーティーや葬儀場などの飾り、フラワーアレンジメントパーティ会場の飾りつけなどフラワー装飾技能を証明する資格で、日本でフラワーデザインに関する唯一の国家資格であり、名称独占資格です。
等級には、1級から3級まであり、それぞれ上級技能者、中級技能者、初級技能者が通常有すべき技能の程度と位置づけられています。
受検資格を得るために必要な実務経験期間が必要で、各等級の期間は以下の通りです。
□3級 - 制限なし(実務経験があればよい)
□2級 - 2年以上(直接受検する場合)あるいは制限なし(3級合格後)
□1級 - 7年以上(直接受検する場合)あるいは4年以上(3級合格後)あるいは2年以上(2級合格後)。
★京都東山清水産寧坂北洞院流華法道家元エリ子花前カレンは民間資格であるフラワーアレンジメントにおける公益社団法人NFDのフラワーデザイナー資格検定試験の講師資格の保持者です。
公益社団法人日本フラワーデザイナー協会(略称:NFD)は、1967年に設立され、1969年に文部省(現:文部科学省)の許可を受け社団法人となりました。
その後、2010年に内閣府よりフラワーデザイナー組織として唯一の公益社団法人として認定されました。
フラワーデザイナー資格検定試験制度については、1967年より、NFDの「花文化の普及」という事業目的に沿って設けられた試験制度です。50年にわたり一律の基準をもって全国で統一した試験を開催し、多くの合格者を輩出した実績が認められ、業界内で技術的な基準として広く認知されています。
フラワーデザイナー資格検定試験は、3級 →
2級 → 1級 → 講師と段階的に定められた試験制度です。
【参照①】『家元エリ子/北洞院エリ子花前カレン』
【参照②】『家元エリ子(2)/北洞院エリ子花前カレン』
【参照③】『家元エリ子(3)/北洞院エリ子花前カレン』
■企画・撮影:北洞院エリ子花前カレン>
□スタッフ:中瀬君代、西村園子
□監修:心龍、家元エリ子@大阪南本部
□テキスト&画像編集:松本正、花前カレン、Erico_
2025年12月02日
き『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(7)/家元エリ子』
(7)『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(7)/家元エリ子』
https://hanamae.blog.jp/archives/45428936.html
【京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(7)/家元エリ子画像】

京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(7)/家元エリ子画像
https://livedoor.blogimg.jp/hanamae/imgs/3/c/3c196b6f.jpg
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今回は、「指月伏見城」について書き漏れた事を書きます。
「伏見城/伏見桃山城」は歴史的に観ると、指月山伏見城(しげつやまふしみじょう)と木幡山伏見城(こはたやまふしみじょう/こわたやまふしみじょう)の二つを総称して「伏見城(伏見桃山城)」といいます。
木幡山(こはたやま)は、現在の京都市伏見区の桃山御陵付近を指します。
木幡山は、古くは奈良街道が通っており、歌集『万葉集』や『古今和歌集』や『拾遺集』などで歌枕としても詠まれてきました。
さて、慶長元年(1596年)の慶長の大地震、名称は「慶長伏見地震」で、指月伏見城(しげつふしみじょう)は倒壊することになります。
因みに、慶長伏見地震(けいちょうふしみじしん)は、<「慶長伏見地震」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>によると、<文禄5年閏7月13日(1596年9月5日)子の刻に山城国伏見(現・京都府京都市伏見区相当地域)付近で発生した大地震である。慶長伏見大地震とも呼称される。 推定マグニチュードは7.5前後で、畿内の広範囲で震度6相当の揺れであったと推計されている。京都では伏見城天守や東寺、天龍寺、方広寺大仏(京の大仏)等が倒壊し、死者は1,000人を超えたとされる。>と記載されています。
また、<この慶長伏見地震は、豊臣秀吉が指月の隠居屋敷を大改修して完成間近の指月伏見城天守もこの地震により倒壊し、城内だけで600人が圧死したと言われている。>と書かれています。
この大地震が指月伏見城から木幡山伏見城に変遷する大きな切っ掛けとなります。
<「伏見城」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>によると、<指月に築かれた伏見城は築城開始から2年後の1594年(文禄3年)に秀吉が入城し、更にその2年後の1596年(文禄5年)に完成をみるが、その直後に慶長伏見地震によって倒壊した。このため、指月から北東約1kmの木幡山に新たな城が築き直されることになり、翌1597年(慶長2年)に完成した。>とあります。
しかし、豊臣秀吉は、木幡山伏見城完成させたその1年後の1598年(慶長3年)に、木幡山伏見城城内で亡くなっています。
1598年(慶長3年)8月18日、享年62(61歳没)でした。
あ~そうなのか?
無念だったろうね…
豊臣秀吉にとっては方位が悪かったのかな?
新天地の空気が還暦を迎えた体に合わなかったのかな?
それとも、秀吉の甥秀次とその一家全員を死に追いやった祟りかな?
当時の伏見の丘陵はここと同じように秋には紅葉満開で美しい景色だったのかな?
などと当時の事が分からないまま勝手な想像をしながら秋の紅葉や枯れ葉の小径を散策します。
【参考資料】
■<「伏見城」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■<「豊臣秀吉」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■<「徳川家康」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■<「伏見桃山城運動公園」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■<「伏見桃山城キャッスルランド」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■<「伏見城」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■<「慶長伏見地震」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■伏見桃山城(伏見城) | 京都観光情報 KYOTOdesign
■都市史20 伏見城 | フィールド・ミュージアム京都
| 京都市
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北洞院エリ子花前カレンについて
■AboutUs(1) このブログページは、京都東山のメインストリート、東大路通(通称:東山通ひがしやまどおり)の中心地に本部を置く我が一般社団法人京都国際芸術協会<〒605-0862京都市東山区清水門前松原産寧坂西入清水四丁目182-4
ライオンズマンション2階全室/法人設立当時の旧商号:非営利型一般社団法人京都国際芸術院(法人番号7130005015305/略称:KIAIGIA/キアイジャ/公式ページ/Facebookページ/公式Twitter/代表のTwitter/機関紙『アートの旅2025秋号/花前カレン@京この頃』※ページめくり(アートの旅2025秋号デジタル版ページめくり)/大阪南本部迎賓館)>の出版事業部エイブル出版松本正編集長(まつもとただしへんしゅうちょう)と、代表CEOを務める、家元エリ子こと、北洞院エリ子こと、エリ子花前カレン(チラシ)こと、Ericoこと、北洞院エリ子花前カレン<きたのとういんえりこ・はなさきかれん(公式ブログ、Profile、facebook、Twitter、Instagram、公式HP1、公式HP2/個人塾/浜のフラワーショップ/白原山ファーム/花屋の矜持)/大阪南本部)>が管理者です。
★京都東山清水産寧坂北洞院流華法道家元エリ子花前カレンは京都大覚寺華道いけばな嵯峨御流の華範(※お免状画像はここをクリック)資格保持者です。
エリ子花前カレンが入門した頃の階級は、入門→初伝→奥伝→皆伝→准師範(師範代)→師範→華範という階級です。
ここでいう華範とは、
師範の師範で、正教授の事、英語では「professor
教授・プロフェッサー」と訳します。
エリ子花前カレンの華道いけばなの修業は、入門から始めて免許皆伝から師範を教える階級トップの華範まで続けました。
★京都東山清水産寧坂北洞院流華法道家元エリ子花前カレンは国家資格であるフラワー装飾技能士における1級フラワー装飾技能士合格証書の保持者です。
フラワー装飾技能士とは、国家資格である技能検定制度の一種で、都道府県職業能力開発協会が実施する、フラワー装飾に関する学科および実技試験に合格した者をいいます。
生花をメインに、ブライダルブーケの製作、パーティーや葬儀場などの飾り、フラワーアレンジメントパーティ会場の飾りつけなどフラワー装飾技能を証明する資格で、日本でフラワーデザインに関する唯一の国家資格であり、名称独占資格です。
等級には、1級から3級まであり、それぞれ上級技能者、中級技能者、初級技能者が通常有すべき技能の程度と位置づけられています。
受検資格を得るために必要な実務経験期間が必要で、各等級の期間は以下の通りです。
□3級 - 制限なし(実務経験があればよい)
□2級 - 2年以上(直接受検する場合)あるいは制限なし(3級合格後)
□1級 - 7年以上(直接受検する場合)あるいは4年以上(3級合格後)あるいは2年以上(2級合格後)。
★京都東山清水産寧坂北洞院流華法道家元エリ子花前カレンは民間資格であるフラワーアレンジメントにおける公益社団法人NFDのフラワーデザイナー資格検定試験の講師資格の保持者です。
公益社団法人日本フラワーデザイナー協会(略称:NFD)は、1967年に設立され、1969年に文部省(現:文部科学省)の許可を受け社団法人となりました。
その後、2010年に内閣府よりフラワーデザイナー組織として唯一の公益社団法人として認定されました。
フラワーデザイナー資格検定試験制度については、1967年より、NFDの「花文化の普及」という事業目的に沿って設けられた試験制度です。50年にわたり一律の基準をもって全国で統一した試験を開催し、多くの合格者を輩出した実績が認められ、業界内で技術的な基準として広く認知されています。
フラワーデザイナー資格検定試験は、3級 →
2級 → 1級 → 講師と段階的に定められた試験制度です。
【参照①】『家元エリ子/北洞院エリ子花前カレン』
【参照②】『家元エリ子(2)/北洞院エリ子花前カレン』
【参照③】『家元エリ子(3)/北洞院エリ子花前カレン』
■企画・撮影:北洞院エリ子花前カレン>
□スタッフ:中瀬君代、西村園子
□監修:心龍、家元エリ子@大阪南本部
□テキスト&画像編集:松本正、花前カレン、Erico_
2025年12月01日
き『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(6)/家元エリ子』
(6)『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(6)/家元エリ子』
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【京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(6)/家元エリ子画像】

京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(6)/家元エリ子画像
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2025年11月6日下見14日案内京都伏見桃山城の紅葉♪
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ごきげんよろしゅう、
北洞院エリ子花前カレンです♪
このページは<花前のブログ by Hanasaki Karen>改め<京この頃★北洞院エリ子花前カレン>ブログです。
本日の紹介ブログは、『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(6)/家元エリ子』です。
先日より書いています「京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉/家元エリ子」ブログについては、今までに以下
『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(5)/家元エリ子』
『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(4)/家元エリ子』
『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(3)/家元エリ子』
『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(2)/家元エリ子』
『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉/家元エリ子』
を書いて毎日投稿しています。
併せてご覧いただければ幸いです。
画像タイトルは、「写真集~京都伏見桃山城の紅葉/花前カレン今日この頃/京都国際芸術協会」としています。
ファイルサブタイトルは、「2025年11月6日下見14日案内京都伏見桃山城の紅葉♪(c)
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画像サブタイトルは、「2025年11月6日下見して14日お昼過ぎに案内した京都伏見桃山城の紅葉は観光客もほとんどいなくて独り占めサイコー♪(c)
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紅葉については先日より以下のブログを書いています。
『京この頃写真集~京セラ本社(京都伏見)の紅葉(3)/花前カレン』
『京この頃写真集~京セラ本社(京都伏見)の紅葉(2)/花前カレン』
『京この頃写真集~京セラ本社(京都伏見)の紅葉/花前カレン』
そして、過去アーカイブをチェックすると以下のブログ
『ゆく年くる年~京都東山(2)/家元エリ子』
『ゆく年くる年~京都東山/家元エリ子』
を書いて投稿してあります。
併せてご覧くださいませ。
Xツィート(旧Twitter)とfacebook用コメントは、<★(問)秀吉が隠居のために建てたお城は?…(答)指月山伏見城とか指月城とも呼ばれる伏見城・伏見桃山城です♪>です。
トップのタイトル画像は、2025年令和7年11月6日(木)午後2時ごろ京都伏見桃山城と紅葉を入れ込んで撮影したビジュアルワンショットです。
さて、「伏見城」は歴史的に以下の2つの異なる城を指す総称であり、どちらも同様の立地のお城でした。
一つは、指月山伏見城(しげつやまふしみじょう)といって、豊臣秀吉が隠居所として最初に築城したお城。
もう一つは、木幡山伏見城(こはたやまふしみじょう/こわたやまふしみじょう)で、慶長大地震で指月山城が倒壊したため、少し北の木幡山に再建されたお城。
京都には「指月」という名前の場所が複数ありますが、最も有名なのは豊臣秀吉が最初に築いた「指月伏見城(しげつふしみじょう)」の跡地周辺を指す地域です。
指月はもともと巨椋池(おぐらいけ)の北岸、現在の桃山丘陵の南麓に位置する観月の名所でした。
豊臣秀吉は隠居城としてこの地に指月城を築きます。
指月山伏見城の建設は、豊臣秀吉が執権を退いた翌年の1592年に始まり、1594年に完成しました。
建設には20の国から2万人から3万人の労働者が派遣されました。
指月山伏見城は秀吉の隠居所として計画されたため、家具や装飾もそれに合わせたもので、特に、壁や調度品に金箔を施した「黄金の茶室」は有名です。
指月山伏見城は、秀吉が朝鮮戦争の終結を目指して中国外交官と和平交渉を行う場所として計画されていましたが、完成からわずか2年後に地震で完全に消失しました。
慶長元年(1596年)の慶長大地震で指月山伏見城(しげつやまふしみじょう)は倒壊しました。
その後、場所を移して木幡山(こはたやま)に新たな伏見城が再建されることになります。
指月山伏見城(しげつやまふしみじょう)/指月城(しげつじょう)の跡地には現在、月橋院(げっきょういん)という寺院があり、山号を指月山といいます。
また、マンション建設現場から指月伏見城のものとみられる石垣跡が発掘され、その一部が保存・再現されています。
月橋院(指月山)へのアクセスは以下の通りです。
■所在地: 京都市伏見区桃山町泰長老付近
■最寄り駅:
□京阪宇治線「観月橋駅」
□近鉄京都線「桃山御陵前駅」
□JR奈良線「桃山駅」
【参考資料】
■<「伏見城」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8F%E8%A6%8B%E5%9F%8E
■<「豊臣秀吉」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%8A%E8%87%A3%E7%A7%80%E5%90%89
■<「徳川家康」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E5%AE%B6%E5%BA%B7
■<「伏見桃山城運動公園」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8F%E8%A6%8B%E6%A1%83%E5%B1%B1%E5%9F%8E%E9%81%8B%E5%8B%95%E5%85%AC%E5%9C%92
■<「伏見桃山城キャッスルランド」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8F%E8%A6%8B%E6%A1%83%E5%B1%B1%E5%9F%8E%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%B9%E3%83%AB%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89
■<「伏見城」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8F%E8%A6%8B%E5%9F%8E
■<「慶長伏見地震」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%85%B6%E9%95%B7%E4%BC%8F%E8%A6%8B%E5%9C%B0%E9%9C%87
■伏見桃山城(伏見城) | 京都観光情報 KYOTOdesign
https://kyoto-design.jp/spot/8665
■都市史20 伏見城 | フィールド・ミュージアム京都
| 京都市
https://www2.city.kyoto.lg.jp/somu/rekishi/fm/nenpyou/htmlsheet/toshi20.html
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生花をメインに、ブライダルブーケの製作、パーティーや葬儀場などの飾り、フラワーアレンジメントパーティ会場の飾りつけなどフラワー装飾技能を証明する資格で、日本でフラワーデザインに関する唯一の国家資格であり、名称独占資格です。
等級には、1級から3級まであり、それぞれ上級技能者、中級技能者、初級技能者が通常有すべき技能の程度と位置づけられています。
受検資格を得るために必要な実務経験期間が必要で、各等級の期間は以下の通りです。
□3級 - 制限なし(実務経験があればよい)
□2級 - 2年以上(直接受検する場合)あるいは制限なし(3級合格後)
□1級 - 7年以上(直接受検する場合)あるいは4年以上(3級合格後)あるいは2年以上(2級合格後)。
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フラワーデザイナー資格検定試験は、3級 →
2級 → 1級 → 講師と段階的に定められた試験制度です。
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2025年11月24日
き『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(5)/家元エリ子』
(5)『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(5)/家元エリ子』
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【京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(5)/家元エリ子画像】

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2025年11月6日下見14日案内京都伏見桃山城の紅葉♪
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トップのタイトル画像は、2025年令和7年11月6日(木)午後2時ごろ京都伏見桃山城と紅葉を入れ込んで撮影したビジュアルワンショットです。
今回は、指月山伏見城と木幡山伏見城については、先日より色々と学んでいますので、一応、私が学び知った事を纏めてみます。
伏見城は、地形的な分類では平山城(ひらやまじろ)に分類されます。
日本の城の分類を見てみると、、山城、平山城、平城、そして水城(海城)があります。
山城は、山頂を利用した城。
平山城は、山や丘陵の斜面を利用した城。
平城は、平野部に築かれた城。
水城(海城)は、海や湖に面して築かれた城。
さて伏見城はどんなお城だったのでしょうか?
当時の伏見城は、東山から連なる丘陵の最南端に位置する小高い丘(桃山、または伏見山)を利用して築かれ、周囲の平地(城下町)を取り込んで構成されていました。
伏見城は、山城(山頂に築かれる城)と平城(平地に築かれる城)の両方の利点を併せ持つ構造でした。
なお、「伏見城」は歴史的に以下の2つの異なる城を指す総称であり、どちらも同様の立地でした。
一つは、指月山伏見城(しげつやまふしみじょう)といって、豊臣秀吉が隠居所として最初に築城したもの。
もう一つは、木幡山伏見城(こはたやまふしみじょう/こわたやまふしみじょう)で、慶長大地震で指月山城が倒壊したため、少し北の木幡山に再建されたものです。
伏見城は豊臣秀吉の隠居城である指月山伏見城が完成するや否や、歴史的に記録に残る慶長伏見地震で倒壊したのち、秀吉が命をくだして、木幡山伏見城が築城されることとなるのです。
う~ん、調べていくうちに段々情報が多くなってきました。
一応それなりに読み込んだ情報は、下に【参考資料】としてリストしておきます。
読めば読むほど面白いのですが、明日というか朝3時から仕事で早いのでこの辺で失礼して仮眠します。
指月伏見城と木幡山伏見城、そして秀吉家康が関わる伏見城そのものの数奇な歴史について、まだまだ知りたい事があるので、もう一度お時間を頂いて日を改めて書きます。
乞うご期待ください♪
【参考資料】
■<「伏見城」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8F%E8%A6%8B%E5%9F%8E
■<「豊臣秀吉」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%8A%E8%87%A3%E7%A7%80%E5%90%89
■<「徳川家康」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E5%AE%B6%E5%BA%B7
■<「伏見桃山城運動公園」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8F%E8%A6%8B%E6%A1%83%E5%B1%B1%E5%9F%8E%E9%81%8B%E5%8B%95%E5%85%AC%E5%9C%92
■<「伏見桃山城キャッスルランド」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8F%E8%A6%8B%E6%A1%83%E5%B1%B1%E5%9F%8E%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%B9%E3%83%AB%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89
■<「慶長伏見地震」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%85%B6%E9%95%B7%E4%BC%8F%E8%A6%8B%E5%9C%B0%E9%9C%87
■伏見桃山城(伏見城) | 京都観光情報 KYOTOdesign
https://kyoto-design.jp/spot/8665
■都市史20 伏見城 | フィールド・ミュージアム京都
| 京都市
https://www2.city.kyoto.lg.jp/somu/rekishi/fm/nenpyou/htmlsheet/toshi20.html
このブログ記事は、ブログが公開される日とタイムラグがあるかも知れませんので、内容や言い回しに不具合を感じる場合は適宜お読み替え頂いてご容赦くださいませ。・・・つづく
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★京都東山清水産寧坂北洞院流華法道家元エリ子花前カレンは国家資格であるフラワー装飾技能士における1級フラワー装飾技能士合格証書の保持者です。
フラワー装飾技能士とは、国家資格である技能検定制度の一種で、都道府県職業能力開発協会が実施する、フラワー装飾に関する学科および実技試験に合格した者をいいます。
生花をメインに、ブライダルブーケの製作、パーティーや葬儀場などの飾り、フラワーアレンジメントパーティ会場の飾りつけなどフラワー装飾技能を証明する資格で、日本でフラワーデザインに関する唯一の国家資格であり、名称独占資格です。
等級には、1級から3級まであり、それぞれ上級技能者、中級技能者、初級技能者が通常有すべき技能の程度と位置づけられています。
受検資格を得るために必要な実務経験期間が必要で、各等級の期間は以下の通りです。
□3級 - 制限なし(実務経験があればよい)
□2級 - 2年以上(直接受検する場合)あるいは制限なし(3級合格後)
□1級 - 7年以上(直接受検する場合)あるいは4年以上(3級合格後)あるいは2年以上(2級合格後)。
★京都東山清水産寧坂北洞院流華法道家元エリ子花前カレンは民間資格であるフラワーアレンジメントにおける公益社団法人NFDのフラワーデザイナー資格検定試験の講師資格の保持者です。
公益社団法人日本フラワーデザイナー協会(略称:NFD)は、1967年に設立され、1969年に文部省(現:文部科学省)の許可を受け社団法人となりました。
その後、2010年に内閣府よりフラワーデザイナー組織として唯一の公益社団法人として認定されました。
フラワーデザイナー資格検定試験制度については、1967年より、NFDの「花文化の普及」という事業目的に沿って設けられた試験制度です。50年にわたり一律の基準をもって全国で統一した試験を開催し、多くの合格者を輩出した実績が認められ、業界内で技術的な基準として広く認知されています。
フラワーデザイナー資格検定試験は、3級 →
2級 → 1級 → 講師と段階的に定められた試験制度です。
【参照①】『家元エリ子/北洞院エリ子花前カレン』
【参照②】『家元エリ子(2)/北洞院エリ子花前カレン』
【参照③】『家元エリ子(3)/北洞院エリ子花前カレン』
■企画・撮影:北洞院エリ子花前カレン>
□スタッフ:中瀬君代、西村園子
□監修:心龍、家元エリ子@大阪南本部
□テキスト&画像編集:松本正、花前カレン、Erico_
2025年11月23日
き『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(4)/家元エリ子』
(4)『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(4)/家元エリ子』
https://hanamae.blog.jp/archives/45427835.html
【京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(4)/家元エリ子画像】

京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(4)/家元エリ子画像
https://livedoor.blogimg.jp/hanamae/imgs/2/8/28c8e8f5.jpg
2025年11月6日下見14日案内京都伏見桃山城の紅葉♪
(c) KIAIGIA All Rights Reserved.
画像はイメージです。
画像クリックで長辺1280x短辺960pxlsに拡大
ごきげんよろしゅう、
北洞院エリ子花前カレンです♪
このページは<花前のブログ by Hanasaki Karen>改め<京この頃★北洞院エリ子花前カレン>ブログです。
本日の紹介ブログは、『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(4)/家元エリ子』です。
先日より書いています「京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉/家元エリ子」ブログについては、今までに以下
『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(3)/家元エリ子』
『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(2)/家元エリ子』
『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉/家元エリ子』
を書いて毎日投稿しています。
併せてご覧いただければ幸いです。
画像タイトルは、「写真集~京都伏見桃山城の紅葉/花前カレン今日この頃/京都国際芸術協会」としています。
ファイルサブタイトルは、「2025年11月6日下見14日案内京都伏見桃山城の紅葉♪(c)
KIAIGIA All Rights Reserved.」で統一しています。
画像サブタイトルは、「2025年11月6日下見して14日お昼過ぎに案内した京都伏見桃山城の紅葉は観光客もほとんどいなくて独り占めサイコー♪(c)
KIAIGIA All Rights Reserved.」で統一しています。
紅葉については先日より以下のブログを書いています。
『京この頃写真集~京セラ本社(京都伏見)の紅葉(3)/花前カレン』
『京この頃写真集~京セラ本社(京都伏見)の紅葉(2)/花前カレン』
『京この頃写真集~京セラ本社(京都伏見)の紅葉/花前カレン』
そして、過去アーカイブをチェックすると以下のブログ
『ゆく年くる年~京都東山(2)/家元エリ子』
『ゆく年くる年~京都東山/家元エリ子』
を書いて投稿してあります。
併せてご覧くださいませ。
Xツィート(旧Twitter)とfacebook用コメントは、<★現在の伏見城は1964年に伏見にあった元の城跡の近くに再建されたレプリカ模擬天守ですが、色付く紅葉に威風堂堂泰然自若とした存在感です♪>です。
トップのタイトル画像は、2025年令和7年11月6日(木)午後2時ごろ京都伏見桃山城と紅葉を入れ込んで撮影したビジュアルワンショットです。
さて、伏見城は、桃山城または伏見桃山城としても知られ、京都市伏見区にある日本の城です。
伏見城は、戦国時代末期の1592年から1594年にかけて、豊臣秀吉によって隠居所として築城されました。
1596年の慶長伏見地震で焼失した後、再建されましたが、1623年に解体され、跡地は後に明治天皇の陵墓となりました。
現在の伏見城は、1964年に伏見にあった元の城跡の近くに再建されたものです。
大手門をくぐって広がる解放感、そして色付く紅葉に威風堂堂(いふうどうどう)泰然自若(たいぜんじじゃく)とした伏見城の存在感です♪
日本の歴史における安土桃山時代は、伏見城(伏見桃山城)に一部その名が由来しています。
このブログ記事は、ブログが公開される日とタイムラグがあるかも知れませんので、内容や言い回しに不具合を感じる場合は適宜お読み替え頂いてご容赦くださいませ。・・・つづく
北洞院エリ子花前カレンについて
■AboutUs(1) このブログページは、京都東山のメインストリート、東大路通(通称:東山通ひがしやまどおり)の中心地に本部を置く我が一般社団法人京都国際芸術協会<〒605-0862京都市東山区清水門前松原産寧坂西入清水四丁目182-4
ライオンズマンション2階全室/法人設立当時の旧商号:非営利型一般社団法人京都国際芸術院(法人番号7130005015305/略称:KIAIGIA/キアイジャ/公式ページ/Facebookページ/公式Twitter/代表のTwitter/機関紙『アートの旅2025秋号/花前カレン@京この頃』※ページめくり(アートの旅2025秋号デジタル版ページめくり)/大阪南本部迎賓館)>の出版事業部エイブル出版松本正編集長(まつもとただしへんしゅうちょう)と、代表CEOを務める、家元エリ子こと、北洞院エリ子こと、エリ子花前カレン(チラシ)こと、Ericoこと、北洞院エリ子花前カレン<きたのとういんえりこ・はなさきかれん(公式ブログ、Profile、facebook、Twitter、Instagram、公式HP1、公式HP2/個人塾/浜のフラワーショップ/白原山ファーム/花屋の矜持)/大阪南本部)>が管理者です。
★京都東山清水産寧坂北洞院流華法道家元エリ子花前カレンは京都大覚寺華道いけばな嵯峨御流の華範(※お免状画像はここをクリック)資格保持者です。
エリ子花前カレンが入門した頃の階級は、入門→初伝→奥伝→皆伝→准師範(師範代)→師範→華範という階級です。
ここでいう華範とは、
師範の師範で、正教授の事、英語では「professor
教授・プロフェッサー」と訳します。
エリ子花前カレンの華道いけばなの修業は、入門から始めて免許皆伝から師範を教える階級トップの華範まで続けました。
★京都東山清水産寧坂北洞院流華法道家元エリ子花前カレンは国家資格であるフラワー装飾技能士における1級フラワー装飾技能士合格証書の保持者です。
フラワー装飾技能士とは、国家資格である技能検定制度の一種で、都道府県職業能力開発協会が実施する、フラワー装飾に関する学科および実技試験に合格した者をいいます。
生花をメインに、ブライダルブーケの製作、パーティーや葬儀場などの飾り、フラワーアレンジメントパーティ会場の飾りつけなどフラワー装飾技能を証明する資格で、日本でフラワーデザインに関する唯一の国家資格であり、名称独占資格です。
等級には、1級から3級まであり、それぞれ上級技能者、中級技能者、初級技能者が通常有すべき技能の程度と位置づけられています。
受検資格を得るために必要な実務経験期間が必要で、各等級の期間は以下の通りです。
□3級 - 制限なし(実務経験があればよい)
□2級 - 2年以上(直接受検する場合)あるいは制限なし(3級合格後)
□1級 - 7年以上(直接受検する場合)あるいは4年以上(3級合格後)あるいは2年以上(2級合格後)。
★京都東山清水産寧坂北洞院流華法道家元エリ子花前カレンは民間資格であるフラワーアレンジメントにおける公益社団法人NFDのフラワーデザイナー資格検定試験の講師資格の保持者です。
公益社団法人日本フラワーデザイナー協会(略称:NFD)は、1967年に設立され、1969年に文部省(現:文部科学省)の許可を受け社団法人となりました。
その後、2010年に内閣府よりフラワーデザイナー組織として唯一の公益社団法人として認定されました。
フラワーデザイナー資格検定試験制度については、1967年より、NFDの「花文化の普及」という事業目的に沿って設けられた試験制度です。50年にわたり一律の基準をもって全国で統一した試験を開催し、多くの合格者を輩出した実績が認められ、業界内で技術的な基準として広く認知されています。
フラワーデザイナー資格検定試験は、3級 →
2級 → 1級 → 講師と段階的に定められた試験制度です。
【参照①】『家元エリ子/北洞院エリ子花前カレン』
【参照②】『家元エリ子(2)/北洞院エリ子花前カレン』
【参照③】『家元エリ子(3)/北洞院エリ子花前カレン』
■企画・撮影:北洞院エリ子花前カレン>
□スタッフ:中瀬君代、西村園子
□監修:心龍、家元エリ子@大阪南本部
□テキスト&画像編集:松本正、花前カレン、Erico_














