2026年07月21日
祇園祭2026(8)~八坂神社/花前カレン
き『祇園祭2026(8)~八坂神社/花前カレン』
(8)『祇園祭2026(8)~八坂神社/花前カレン』
https://hanamae.blog.jp/archives/46382899.html
【祇園祭2026(8)~八坂神社/花前カレン 画像01】

祇園祭2026(8)~八坂神社/花前カレン画像01
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知れば100倍面白い祇園祭と八坂神社の密接な関係と秘密♪
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ごきげんよろしゅう、
北洞院エリ子花前カレンです♪
このページは<花前のブログ by Hanasaki Karen>改め<京この頃★北洞院エリ子花前カレン>ブログです。
本日のブログは、『祇園祭2026(8)~八坂神社/花前カレン』です。
「祇園祭2026」については、先日より以下のブログ記事
『祇園祭2026(7)~八坂神社/花前カレン』
『祇園祭2026(6)~八坂神社/花前カレン』
『祇園祭2026(5)~八坂神社/花前カレン』
『祇園祭2026(4)~山鉾34基/花前カレン』
『祇園祭2026(3)~前祭後祭/花前カレン』
『祇園祭2026(2)~くじ取り式/花前カレン』
『祇園祭2026(1)~郭巨山/花前カレン』
を書いて投稿してあります。
是非ご覧くださいませ。
画像タイトルは、「祇園祭2026~八坂神社/北洞院エリ子花前カレン@京都国際芸術協会」としています。
画像のサブタイトルは、「祇園祭は山鉾を見るだけのお祭り?…疫病や天変地異を鎮めるため御霊信仰の祇園御霊会(ごりょうえ)が祇園祭のルーツ♪(c)
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ファイルサブタイトルは、「知れば100倍面白い祇園祭と八坂神社の密接な関係と秘密♪(c)
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Xツィート(旧Twitter)とfacebook用コメントは、<★「祇園祭」は何のために始まった?八坂神社のお祭りなのに、どうして「祇園祭」って呼ぶの?♪>です。
OGPは、<八坂神社と祇園祭の密接な関係/北洞院エリ子花前カレン@京都国際芸術協会>としています。
「祇園祭」については、色々なタイトルで数多く書いていますが、「祇園祭」というタイトルでは過去以下のブログ
『祇園祭/暦のごはん~暮らしの歳時記(実習編)』
『祇園祭(2)/暦のごはん~暮らしの歳時記(実習編)』
『祇園祭(5)/北洞院エリ子花前カレン』
『祇園祭(4)/北洞院エリ子花前カレン』
『祇園祭(3)/北洞院エリ子花前カレン』
『祇園祭(2)/北洞院エリ子花前カレン』
『祇園祭/北洞院エリ子花前カレン』
『祇園祭2019蟷螂山/花前カレン』
『祇園祭2019蟷螂山(2)/花前カレン』
『祇園祭2019蟷螂山(3)/花前カレン』
『祇園祭2019蟷螂山(4)/花前カレン』
『祇園祭2019蟷螂山(5)/花前カレン』
を投稿してあります。
あわせてご覧いただければ幸いです。
トップのタイトル画像は、左は長刀鉾の粽(ちまき/食べ物ではなく厄除けグッズ)と、長刀鉾(2026年7月16日16時26分撮影byErico)のワンショットビジュアルです。
以下に、祇園祭前祭(さきまつり)長刀鉾(なぎなたほこ)について纏めます。
■長刀鉾(なぎなたほこ)
祇園祭前祭(さきまつり)の山鉾巡行において常に先頭を務める最も格式高い鉾、長刀鉾(なぎなたほこ)です。
最大の特徴は、邪気や疫病を払うために鉾頭(ほこがしら)に大長刀が飾られていることと、唯一「生稚児(いきちご)」が乗車する点です。
主な役割と伝統的な役目は以下の通りです。
◆巡行の先頭と結界の突破: 巡行順序が決まっている「くじ取らず」として常に先頭を進み、四条麩屋町(しじょうふやちょうどおり)で行われる「注連縄(しめなわ)切り」では、乗車している生稚児が太刀で注連縄を切り落とすことで、神域(八坂神社)への結界を解き巡行の道を切り拓きます。
◆疫病退散の象徴: 鉾頭の大長刀は、かつて平安時代の刀工・三条小鍛冶宗近が娘の病気平癒を祈って奉納した刀が由来とされています。街に蔓延する疫病や邪悪を祓う役割を持ちます。
◆神の使い: 鉾に乗る「生稚児」は神の使いとされ、巡行中は神聖な存在として地面に足をつけない「女人禁制」の厳しいしきたりが守られます。
また、長刀鉾の町会所では、疫病除けとして有名な「粽(ちまき)」の授与も行われています。2026年7月16日16時26分撮影byErico
【祇園祭の深掘り】
祇園祭はなぜ動く美術館と呼ばれるの?山鉾巡行のルーツと八坂神社に隠された「怨霊鎮め」の歴史
みなさん、こんにちは!
京都の夏を彩る「祇園祭」。
きらびやかな山鉾が街をゆく「山鉾巡行(やまほこじゅんこう)」は、テレビなどでもおなじみのハイライトですね。
でも、なぜあんなに巨大で豪華な車が街を練り歩くのか、その本当の理由が気になりませんか?
実は、祇園祭のルーツである「祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)」と「八坂神社」の歴史を紐解くと、現代の私達にも通じる「人々のリアルな願いと恐れ」が見えてきます。
今回は、知れば知るほど祇園祭が面白くなる、山鉾の由来と八坂神社のつながりをディープに解説します!
■1. なぜ始まった?祇園祭のルーツ「祇園御霊会」
祇園祭の始まりは、今から1100年以上前、平安時代の貞観11年(869年)にまでさかのぼります。
当時の京都(平安京)は、原因不明の疫病が大流行し、多くの人々が命を落としていました。
さらに、東北では巨大な「貞観地震」が発生するなど、まさにこの世の終わりのような大混乱期だったのです。
医学が発達していなかった当時、人々はこう考えました。
「この病気や災害は、政治闘争で無念の死を遂げた高貴な人たちの『怨霊(おんりょう)』の祟りに違いない……!」
この怨霊たちを怒らせず、逆にもてなしてあの世へお帰りいただくために始まったのが、祇園祭の原型である「祇園御霊会」です。
そうです!現代風にアレンジして書くと、この未曾有のパンデミックを鎮めるため、当時の人々が命がけで始めた国家プロジェクトこそが、祇園祭のルーツとなる「祇園御霊会(ごりょうえ)」なのです。
■2. 66本の「巨大な武器」でウイルスを迎え撃つ
人々が考え出した疫病退散の儀式は、現代の私たちから見るとかなりユニークでダイナミックなものでした。
□神泉苑に大集合: 禁苑(天皇の庭)である神泉苑に集まる。
□66本の鉾を立てる: 当時の日本の国の数(66カ国)と同じ数の鉾を立てる。
□神輿で厄を吸い取る: 八坂神社の神輿を送り、街の邪気を一網打尽にする。
この「鉾」は、悪霊を呼び寄せて突き刺し、街から追い出すための巨大なアンテナ(武器)のような役割を果たしていました。
これこそが、現在のきらびやかな「山鉾」の原型です。
■3. なぜ「八坂神社」のお祭りなのに「祇園祭」なの?
神社名と祭り名が違うのには、日本の歴史ならではの大人の事情があります。
□昔の名前は「祇園社」: 明治時代以前は神仏が混ざり合う「祇園社(感神院)」だった。
□神仏分離で改称: 明治の政府方針で、お寺の要素を排除し「八坂神社」へ改名。
つまり、かつての「祇園社」という名前が、お祭りの名前にそのまま受け継がれているのです。
■4. 応仁の乱を超えて町衆がアップデートしたお祭りこそが「祇園祭」!
平安時代に始まったこの神事は、鎌倉・室町時代を経て、京都の商人(町衆)の手によって「魅せるエンターテインメント」へと進化していきます。
□豪華絢爛な山鉾: 海外のタペストリーなどでデコレーション。
□何度も大復活: 応仁の乱や戦火で何度も京都の街が灰燼に帰した。
□町衆のプライド: 「お祭りだけは絶対に絶やさない!」と何度も立ち上がった。
祇園祭は、ただの宗教儀式ではなく、京都に生きる人々の「意地と情熱の結晶」だからこそ、1,000年以上経った今でも私たちを魅了し続けています。
※このブログ記事は、ブログが公開される日とタイムラグがあるかも知れませんので、内容や言い回しに不具合を感じる場合は適宜お読み替え頂いて、ご容赦くださいませ。・・・つづく
■企画・撮影:北洞院エリ子花前カレン
□スタッフ:中瀬君代、西村園子
□監修:心龍、家元エリ子@大阪南本部
□テキスト&画像編集:松本正、花前カレン、Erico_















