2026年07月19日
祇園祭2026(6)~八坂神社/花前カレン
き『祇園祭2026(6)~八坂神社/花前カレン』
(6)『祇園祭2026(6)~八坂神社/花前カレン』
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【祇園祭2026(6)~八坂神社/花前カレン 画像01】

祇園祭2026(6)~八坂神社/花前カレン画像01
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知れば100倍面白い祇園祭と八坂神社の密接な関係と秘密♪
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画像はイメージです。
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ごきげんよろしゅう、
北洞院エリ子花前カレンです♪
このページは<花前のブログ by Hanasaki Karen>改め<京この頃★北洞院エリ子花前カレン>ブログです。
本日のブログは、『祇園祭2026(6)~八坂神社/花前カレン』です。
「祇園祭2026」については、先日より以下のブログ記事
『祇園祭2026(5)~八坂神社/花前カレン』
『祇園祭2026(4)~山鉾34基/花前カレン』
『祇園祭2026(3)~前祭後祭/花前カレン』
『祇園祭2026(2)~くじ取り式/花前カレン』
『祇園祭2026(1)~郭巨山/花前カレン』
を書いて投稿してあります。
是非ご覧くださいませ。
画像タイトルは、「祇園祭2026~八坂神社/北洞院エリ子花前カレン@京都国際芸術協会」としています。
画像のサブタイトルは、「祇園祭は山鉾を見るだけのお祭り?…疫病や天変地異を鎮めるため御霊信仰の祇園御霊会(ごりょうえ)が祇園祭のルーツ♪(c)
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ファイルサブタイトルは、「知れば100倍面白い祇園祭と八坂神社の密接な関係と秘密♪(c)
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Xツィート(旧Twitter)とfacebook用コメントは、<★「祇園祭」は何のために始まった?八坂神社のお祭りなのに、どうして「祇園祭」って呼ぶの?♪>です。
OGPは、<八坂神社と祇園祭の密接な関係/北洞院エリ子花前カレン@京都国際芸術協会>としています。
「祇園祭」については、色々なタイトルで数多く書いていますが、「祇園祭」というタイトルでは過去以下のブログ
『祇園祭/暦のごはん~暮らしの歳時記(実習編)』
『祇園祭(2)/暦のごはん~暮らしの歳時記(実習編)』
『祇園祭(5)/北洞院エリ子花前カレン』
『祇園祭(4)/北洞院エリ子花前カレン』
『祇園祭(3)/北洞院エリ子花前カレン』
『祇園祭(2)/北洞院エリ子花前カレン』
『祇園祭/北洞院エリ子花前カレン』
『祇園祭2019蟷螂山/花前カレン』
を投稿してあります。
あわせてご覧いただければ幸いです。
トップのタイトル画像は、2026年令和8年7月16日(木)15時48分ごろ撮影の八坂神社の編集画像のワンショットビジュアルです。
さて、以下は、今日のお話、祇園祭と八坂神社にまつわる記事です。
■始まりは「ガチのパンデミック」対策だった!
京都の夏の風物詩、八坂神社の「祇園祭」は、1,100年以上の歴史を誇る日本屈指のメガ級お祭りです。
しかし、そのきらびやかな山鉾巡行の裏には、平安時代の「ウイルス(疫病)との戦い」という驚きの背景・歴史的なドラマが隠されていました。
舞台は平安時代の貞観11年(869年)、大地震です。
京の都は、恐ろしい疫病(実際は奈良時代平安時代を通じて頻繁に流行した天然痘)がまたたく間に広がり、多くの人々が命を落とす大パニックに陥っていました。
平安時代における天然痘(疱瘡)による総死者数の正確な全国統計はありませんが、歴史学者の推計では、735~737年(天平の疫病大流行)には当時の総人口の約25~35%にあたる約100万~150万人が死亡したとされています。
当時は医学が未発達だったので、京都の人々にとっては原因不明の恐怖となったのでしょう。
神様や怨霊の怒り、きっと神様や怨霊が怒っていると思い込み、それが八坂神社の神「牛頭天王(スサノオノミコト)」なのでょうか。
「神の怒り」「怨霊の祟り」と信じることは、御霊信仰(ごりょうしんこう)です
御霊信仰は、非業の死を遂げた人物の怨霊が疫病や災害をもたらすと恐れ、その霊を慰めて神として祀り上げることで、逆に疫病退散や国家の守護神へと変える信仰です。
長岡京(784~794/現在の京都府長岡京市・向日市周辺)から京都に都を移した桓武天皇の「早良親王の呪い」が代表格で、のちの人々はこれを「神の怒り」「怨霊の祟り」と信じ、桓武天皇がいろいろな対策を講じた中で、平安京遷都が出来上がったと言われています。
御霊信仰(ごりょうしんこう)は、8世紀後半の奈良時代頃に萌芽し、9世紀の平安時代初期にかけて本格的に確立されました。
※このブログ記事は、ブログが公開される日とタイムラグがあるかも知れませんので、内容や言い回しに不具合を感じる場合は適宜お読み替え頂いて、ご容赦くださいませ。・・・つづく
■企画・撮影:北洞院エリ子花前カレン
□スタッフ:中瀬君代、西村園子
□監修:心龍、家元エリ子@大阪南本部
□テキスト&画像編集:松本正、花前カレン、Erico_















