2026年01月15日
お正月のしめ飾りで思うこと
ゆく年くる年 新春
家業は家族一丸でするのが当たり前という考えは…

高校や大学を出て仕事に就けば自ずと社会の一員として道徳規範や法規範の下で権利と義務が備わります。
家業は家族一丸となってするのが当たり前という考えは江戸時代の商人の家なら当然正しいのかも知れません。
昭和の時代でも高度成長をまだ完遂していない70年代なら、民主教育の下でもある意味正しいのかも知れません。
ただ子供が成長していく中で本人がしたくない事に取り組む事を強制したり、家中がそうしなければならない状況を作り出すことは芳しくありません。
家業が気に入っていて自分から進んでその道に進むのは家業の大きな戦力となり、家族は大歓迎ですが、一方家業が嫌いで家を飛び出して別の職業に就ける自由も保証されなければなりません。
どんな仕事であろうとお金をもらう以上は職業人としてプロです。
プロは仕事は結果です。
仕事は結果優先、途中でいくら頑張って努力しても結果が伴わなければその努力など評価されません。
お金を頂くに相応しい仕事が出来なければ自然と淘汰されていきます。
結果、それも素晴らしい成果を残すには、時には雁字搦めに陥り、不合理も不満もあり得ます。

わたくしは、子供には、仕事に就くまで自由にのびのび育ってほしいと思っています。
大人になれば否が応でも結果重視、のびのびと自由に生きる事は難しいです。
子供の時に当たり前だったことが当り前ではなくなります。
家業を継ぐことは見方によれば外に出るよりは楽かも知れません。
しかし、子供たちはジッチャンである蓮悦師匠やわたくしのハードでタフな仕事を見て、やってられないな!と感じたのかもしれません。
結局のところ、わたくしの子供たち全員、わたくしの職業と全く関係のない仕事に就いています。
彼ら彼女らはわたくしの想像以上にしっかりやって家庭も立派に築いています。
可愛い子供、私にとっては孫ですが、健康にのびのびと育っています。
上の02画像はわたくしの孫たちです。

わたくしの花や木や枝物の知識と技術は蓮悦師匠と回りの職人さんや家の環境から、そして料理栄養学は学校と職場と10人家族の家庭から習得したものです。
わたくしは若い頃は、お花や栄養学は国や都道府県の資格を取得してそれが自分のお仕事のIDとしていましたが、人生長くやっていると、いままでで取ったさまざな資格はあくまでお飾りに過ぎないと思っています。
教育委員会の生涯学習におけるお花や栄養学の講座や実習、花屋としてプロの花職人としてお客様への生花やデザイン花のプロデュースや販売、そして会社の運営管理などは、すべてわたくしの「人間力」がベースではないかと痛感しています。
80を超えた父である蓮悦師匠の存在は今は大きく感じています。
幼い時にわたくしの未来図が刷り込まれてここまで生かされて来ているのではないかと感じています。
トップの01画像右、大好きなお花の影で映りこんでいるのがわたくしの実父・蓮悦師匠です。
恥ずかしがり屋さんなので隠し撮りしています。
あ、先ほど少し触れた「人間力」とは?
わたくしの考える「人間力」は明日又時間を取って書いてみたいと思います。















