2025年12月03日
き『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(8)/家元エリ子』
(8)『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(8)/家元エリ子』
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【京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(8)/家元エリ子画像】

京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(8)/家元エリ子画像
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2025年11月6日下見14日案内京都伏見桃山城の紅葉♪
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ごきげんよろしゅう、
北洞院エリ子花前カレンです♪
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本日の紹介ブログは、『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(8)/家元エリ子』です。
先日より書いています「京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉/家元エリ子」ブログについては、今までに以下
『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(7)/家元エリ子』
『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(6)/家元エリ子』
『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(5)/家元エリ子』
『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(4)/家元エリ子』
『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(3)/家元エリ子』
『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉(2)/家元エリ子』
『京この頃写真集~伏見桃山城の紅葉/家元エリ子』
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画像タイトルは、「写真集~京都伏見桃山城の紅葉/花前カレン今日この頃/京都国際芸術協会」としています。
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紅葉については先日より以下のブログを書いています。
『京この頃写真集~京セラ本社(京都伏見)の紅葉(3)/花前カレン』
『京この頃写真集~京セラ本社(京都伏見)の紅葉(2)/花前カレン』
『京この頃写真集~京セラ本社(京都伏見)の紅葉/花前カレン』
そして、過去アーカイブをチェックすると以下のブログ
『ゆく年くる年~京都東山(2)/家元エリ子』
『ゆく年くる年~京都東山/家元エリ子』
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Xツィート(旧Twitter)とfacebook用コメントは、<★緑に紅葉映える昭和の伏見桃山城キャッスルランドの模擬天守伏見城が聳える伏見桃山丘陵一帯は桓武天皇/豊臣秀吉/慶長伏見地震/徳川家康/鳥居元忠/血天井/豊臣秀頼淀君そして明治天皇と乃木将軍と話題が尽きなく、今は伏見桃山城運動公園として京都市民の憩いの場になっています♪>です。
トップのタイトル画像は、2025年令和7年11月6日(木)午後2時ごろ京都伏見桃山城と紅葉を入れ込んで撮影したビジュアルワンショットです。
今回は、「木幡山伏見城」の築城と変遷について書きます。
木幡山伏見城(こはたやまふしみじょう)は、豊臣秀吉が指月伏見城の倒壊後、木幡山に再築した城です。
関ヶ原の戦いでは徳川家康家臣の鳥居元忠が守り落城しましたが、家康が再建し、江戸時代には重要な拠点となりました。
現在は本丸跡が明治天皇伏見桃山陵となっています。
豊臣秀吉が1592年(文禄元年)に指月山に最初の伏見城(指月伏見城)を築城しました。
1596年の慶長伏見地震で指月伏見城が倒壊し、秀吉はすぐ近くの木幡山に再建を命じました…これが木幡山伏見城です。
豊臣秀吉は木幡山伏見城で亡くなりました。
この木幡山伏見城は、秀吉の晩年の居城であり、政治の中心地として機能しました。
秀吉の死後、城は徳川家康の支配下に入ります。
1600年の関ヶ原の戦いの前哨戦である「伏見城の戦い」<「伏見城の戦い」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>で、徳川家康の家臣である鳥居元忠以下1800名が全員命を懸けて11日間城を守り抜き、石田三成軍(4万)の進撃を遅らせます。
大将鳥居元忠<「鳥居元忠」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>は鉄砲頭鈴木孫三郎(鈴木重朝)に討ち取られ、籠城の全員切腹自刃します・・・所謂、伏見城の「血天井」です。
この鳥居元忠の主君に対する忠義は『どうする家康(NHK大河ドラマ、2023年、演:音尾琢真)』で感動的でした。
落城の際の「血天井」が、京都市内のいくつかの寺院に残されています。
詳しくはこちら<「血天井」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>を参照くださいませ。
「木幡山伏見城」は、結果落城・焼失しましたが、徳川家康によって再建されました。
「木幡山伏見城」は、江戸幕府初期において重要な拠点であり、徳川家康が征夷大将軍に任命される将軍宣下式の儀式が行われたお城でもあります。
しかし、慶長20年閏6月13日(1615年8月7日)に江戸幕府が制定した一国一城令(いっこくいちじょうれい)<「一国一城令」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
の法令通り、1619年に廃城が決定され、徹底的に破却されました。
当時の「木幡山伏見城」の本丸跡は、今現在は明治天皇の御陵である「明治天皇伏見桃山陵」となっています。
山頂には模擬天守の「伏見桃山城」がありますが、これは当時の伏見城とは別の場所にある昭和時代の模擬天守です。
思うに、緑に紅葉映える昭和の伏見桃山城キャッスルランドの模擬天守伏見城が聳える伏見桃山丘陵一帯は桓武天皇/豊臣秀吉/慶長伏見地震/徳川家康/鳥居元忠/血天井/豊臣秀頼淀君そして明治天皇と乃木将軍と話題が尽きなく、今は伏見桃山城運動公園として京都市民の憩いの場になっています。
【参考資料】
■<「伏見城」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■<「豊臣秀吉」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■<「徳川家康」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■<「伏見桃山城運動公園」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■<「伏見桃山城キャッスルランド」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■<「慶長伏見地震」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■伏見桃山城(伏見城) | 京都観光情報 KYOTOdesign
■都市史20 伏見城 | フィールド・ミュージアム京都
| 京都市
■<「伏見城の戦い」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■<「鳥居元忠」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■<「血天井」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
■<「一国一城令」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>
このブログ記事は、ブログが公開される日とタイムラグがあるかも知れませんので、内容や言い回しに不具合を感じる場合は適宜お読み替え頂いてご容赦くださいませ。・・・つづく
北洞院エリ子花前カレンについて
■AboutUs(1) このブログページは、京都東山のメインストリート、東大路通(通称:東山通ひがしやまどおり)の中心地に本部を置く我が一般社団法人京都国際芸術協会<〒605-0862京都市東山区清水門前松原産寧坂西入清水四丁目182-4
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★京都東山清水産寧坂北洞院流華法道家元エリ子花前カレンは京都大覚寺華道いけばな嵯峨御流の華範(※お免状画像はここをクリック)資格保持者です。
エリ子花前カレンが入門した頃の階級は、入門→初伝→奥伝→皆伝→准師範(師範代)→師範→華範という階級です。
ここでいう華範とは、
師範の師範で、正教授の事、英語では「professor
教授・プロフェッサー」と訳します。
エリ子花前カレンの華道いけばなの修業は、入門から始めて免許皆伝から師範を教える階級トップの華範まで続けました。
★京都東山清水産寧坂北洞院流華法道家元エリ子花前カレンは国家資格であるフラワー装飾技能士における1級フラワー装飾技能士合格証書の保持者です。
フラワー装飾技能士とは、国家資格である技能検定制度の一種で、都道府県職業能力開発協会が実施する、フラワー装飾に関する学科および実技試験に合格した者をいいます。
生花をメインに、ブライダルブーケの製作、パーティーや葬儀場などの飾り、フラワーアレンジメントパーティ会場の飾りつけなどフラワー装飾技能を証明する資格で、日本でフラワーデザインに関する唯一の国家資格であり、名称独占資格です。
等級には、1級から3級まであり、それぞれ上級技能者、中級技能者、初級技能者が通常有すべき技能の程度と位置づけられています。
受検資格を得るために必要な実務経験期間が必要で、各等級の期間は以下の通りです。
□3級 - 制限なし(実務経験があればよい)
□2級 - 2年以上(直接受検する場合)あるいは制限なし(3級合格後)
□1級 - 7年以上(直接受検する場合)あるいは4年以上(3級合格後)あるいは2年以上(2級合格後)。
★京都東山清水産寧坂北洞院流華法道家元エリ子花前カレンは民間資格であるフラワーアレンジメントにおける公益社団法人NFDのフラワーデザイナー資格検定試験の講師資格の保持者です。
公益社団法人日本フラワーデザイナー協会(略称:NFD)は、1967年に設立され、1969年に文部省(現:文部科学省)の許可を受け社団法人となりました。
その後、2010年に内閣府よりフラワーデザイナー組織として唯一の公益社団法人として認定されました。
フラワーデザイナー資格検定試験制度については、1967年より、NFDの「花文化の普及」という事業目的に沿って設けられた試験制度です。50年にわたり一律の基準をもって全国で統一した試験を開催し、多くの合格者を輩出した実績が認められ、業界内で技術的な基準として広く認知されています。
フラワーデザイナー資格検定試験は、3級 →
2級 → 1級 → 講師と段階的に定められた試験制度です。
【参照①】『家元エリ子/北洞院エリ子花前カレン』
【参照②】『家元エリ子(2)/北洞院エリ子花前カレン』
【参照③】『家元エリ子(3)/北洞院エリ子花前カレン』
■企画・撮影:北洞院エリ子花前カレン>
□スタッフ:中瀬君代、西村園子
□監修:心龍、家元エリ子@大阪南本部
□テキスト&画像編集:松本正、花前カレン、Erico_















